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6話 密偵

last update 公開日: 2026-06-09 10:05:55

及川との通話を切る。軽く溜息をつき、私は私の夫の元へ向かう。

入るなと命じられている部屋に近付く。中からは嗚咽が聞こえる。私は静かに扉を開け、中に入る。部屋に入って来た私を見て、私の夫は視線を伏せる。私は夫に近付き、その肩を抱く。

「火事は事故だったのよ……」

慈愛を込めた声を装い、そう言う。

「あの子の葬儀はもう手配しました。だから安心して、あなた」

肩を抱いた私の手を握る、私の夫は泣き崩れている。

「すまん……」

夫はそう呟くように言って、肩を揺らす。私はそんな可哀想な夫を見つめながら、ほんの少し微笑む。

部屋を出て、扉を閉めて。

笑みが零れるのを我慢出来なかった。

誰にも聞こえない声で呟く。

「次はあなたよ」

そう言って私は鼻歌を歌い、その場を後にする。

◇◇◇

郊外の墓地、今日もあの日と同じ雨。でもあの日と違うのは今日の雨は涙雨だという事。私が一ノ瀬家を追い出されたあの日の、雷鳴が響く土砂降りの雨のとは違い、今日の雨はしとしとと降っている。私は墓地の清掃員の制服を着て、大きなマスクをつけ、俯き加減で掃除する。

誰も掃除をしている人間など、気にしない。

少し離れた場所で、家族のみが集まり、私の葬儀が簡易的に執り行われ、私の遺体が墓地の下に埋葬される。

私は参列している少ない参列者の中に、見つける。

私の父―― 一ノ瀬恭介 ――

お父様は少ない参列者の最前列、墓石に一番近い場所に立っていた。

たった一日だ。

たった一日会わなかっただけなのに、お父様の肩は落ち、背中も丸まっている。まるで一気に年をとったように見える。

埋葬が終わると、華瑛さんがお父様を支え、その場を後にする。

雨の中、私は箒を握り締め“自身の葬儀”を見つめ、何も出来なかった。

お父様に伝えなければいけないのに。お父様のすぐ横に居る、その女の策略を。

(今はダメだわ……)

(このタイミングで出て行くのはダメよ……華瑛さんが付いているんだもの……)

(待たないと……お父様が一人になるタイミングを……)

雨が帽子のつばを伝って滴り落ち、私の箒を持っている手に落ちる。

その場に残ったのは、義妹の瑛理香と婚約者だった高橋翔太だ。離れているせいで表情は分からない。

二人は私の墓石を見つめ、何かを話しているようだった。

(一体、何を話しているの……?)

それは一種の好奇心のようなものだったかもしれないし、もしかしたら翔太が私の死を嘆いてくれているかもしれないという期待感でもあった。

唯一残された私の未練は翔太だったから。

だから私は清掃員の振りをして、彼らに近付いた。二人は私が埋葬された墓地を見下ろし、私の墓石に花を投げ付ける。

「はぁー。終わった、終わった」

そう言ったのは翔太だった。

(翔、太……?)

私は持っていた掃除道具を握り締める。クスクスと瑛理香が笑う。

「翔太さん、ダメよ。そんな態度、すぐに出したら」

翔太はそんな瑛理香の肩を抱く。

「えーー、良いじゃないか。もう終わったんだ。美緒は死んだ」

そう言って私の墓石に寄り掛かる。クスクス笑いながら瑛理香が言う。

「お姉様は最後まで知らなかったわね、私がお姉様とあの男に薬を盛って、あの男を仕込んだ事」

そう聞かされ、私の中に激震が走る。あの夜の事は本当に記憶に無いのだ。

「まぁな、家名目当てじゃなきゃ、美緒なんかと付き合う訳ねぇんだよ。あんなつまんない女、退屈で退屈で仕方なかったよ」

そう言いながら翔太は瑛理香の頬に口付ける。瑛理香は甘えるように翔太を軽く押したが、避けはしなかった。

「翔太さん、酷いわ。お姉様は本当にあなたの事、好きだったのにね」

瑛理香はそう言って翔太を見上げている。

「は? あれが好き? あれはただのまとわりつきだろ。面白くも何とも無いし、色気の欠片も無かったしな」

翔太の声は得意げに聞こえる。

「お前も俺の子を身籠って、高橋家とも縁を繋いだんだ。一ノ瀬の家の財産はそれ程でも無いが、家名はデカイからな。うちみたいな二流の家とは訳が違う。これでうちの財産と一ノ瀬の家名、二つとも手に入れて、俺たちは安泰だ」

翔太にそう言われた瑛理香が雨が降っている空を見上げて言う。

「翔太さん、お姉様が上から私たちがこうしているのを見たら、どんな顔をするかしら?」

そう言って翔太の顔を見た瑛理香の顔は嬉々としている。

「でももし、お姉様が死んでいなかったとしても、結局は同じだったでしょうけどね」

瑛理香はそう言って、私が埋葬されている墓石をそのつま先で小突く。

「だって ――」

そう言って瑛理香は翔太を見上げる。

「お父様も私たちを応援してくれているもの! もしかしたらお父様の心の中では、私と翔太さんこそがお似合いのカップルなのかもしれないわ! 丁度、お父様とお母様みたいに」

手に持っていた掃除道具をつい落としそうになって慌てて握り直す。

全ては計画されていた事だった……。

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コメント (1)
goodnovel comment avatar
相木ふゆ彦
エリカめー!! 墓石にむかってー!!
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